フレックスタイム制を入れたあと、最初に止まるのが給与計算です。始業と終業を本人が決めるので、勤務記録には「今日は10時間」「今日は5時間」が毎日並びます。この日ごとの凸凹を、通常の勤務と同じように1日8時間で切って残業代を出すと、金額が実際と合わなくなります。
総務の森の「相談の広場(労務管理)」に2020年1月から2026年6月までに投稿された6,082件を24の論点に分類したところ、フレックスタイム制は90件で全体の1.5%でした。この90件は1件あたりの返信数が3.72件で、25件以上ある22論点の件数加重平均4.38件を下回り、その22論点のうち下から2番目です。返信が少ないということは、答えが割れずに1回か2回で片がつくということです。
それでいて、相談総数が減る中でこの論点だけは2021年の0.6%から2026年上期の3.0%へ増えています。答えははっきりしているのに、毎年新しく誰かが同じところで詰まっている形です。この記事は、その「はっきりしている答え」の側を、計算の順番と数字でまとめます。
フレックスで残業になるのは、1日8時間からではありません
通常の勤務時間制では、労働基準法第32条第1項が「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない」と定めています。この1日8時間・週40時間の枠を超えた分が時間外労働です。境界線そのものは法定労働時間とは?8時間・週40時間の境界線で扱っています。
フレックスタイム制は、この数え方を差し替える制度です。労働基準法第32条の3第1項は、就業規則その他これに準ずるものにより始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者について、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者との書面による協定で定めることを求めています。この2つがそろうと、時間外かどうかを判定する単位が「1日・1週」から「清算期間」へ移ります。
結果として、日々の勤務は次のように扱われます。ここがフレックスの一番の特徴です。
- 10時間働いた日があっても、清算期間の合計が総枠に収まっていれば、その日の2時間は時間外になりません。
- 毎日7時間ずつでも、清算期間の合計が総枠を超えれば、超えた分が時間外になります。
- 時間外かどうかは、締め日に清算期間の合計を出すまで確定しません。日々の勤務記録を見て「今日は残業2時間」と確定させることはできません。
計算の順番は4つです。締め日に、この順で処理します。
- 清算期間の実労働時間をすべて足す。
- その合計を、清算期間の総枠と比べる。
- 総枠を超えた分を時間外労働とする。
- その時間外労働に、労働基準法第37条第1項の割増賃金(二割五分以上五割以下の範囲内で政令で定める率以上)を支払う。
時間外労働をさせるときに36協定が要る点は、フレックスでも通常の勤務時間制と変わりません。違うのは数え方だけで、協定と上限の管理は36協定と残業時間の集計。月45時間チェックを自動化するを参照してください。
総枠の出し方。暦日数で決まり、労働日数では決まりません
総枠は、清算期間の暦日数から機械的に決まります。式は「清算期間の暦日数 ÷ 7 × 40時間」です。第32条第1項の週40時間を、清算期間の長さに引き伸ばした数字だと考えると迷いません。
| 清算期間の暦日数 | 計算式 | 総枠 | 主な該当月 |
|---|---|---|---|
| 28日 | 28 ÷ 7 × 40 | 160.0時間(160時間00分) | 2月(平年) |
| 29日 | 29 ÷ 7 × 40 | 約165.7時間(約165時間43分) | 2月(うるう年) |
| 30日 | 30 ÷ 7 × 40 | 約171.4時間(約171時間26分) | 4月・6月・9月・11月 |
| 31日 | 31 ÷ 7 × 40 | 約177.1時間(約177時間9分) | 1月・3月・5月・7月・8月・10月・12月 |
労働日数は総枠を変えません。祝日が3日ある月も0日の月も、暦日数が同じなら総枠は同じ数字です。「所定労働日数 × 8時間」という式は月間所定労働時間の出し方であって、フレックスの総枠ではありません。
実際の月に当てはめます。5月は31日あるので総枠は約177.1時間です。ある人の5月の実労働時間の合計が185時間だった場合、185時間 − 177.1時間 = 約7.9時間(7時間51分)が時間外労働になり、この分に第37条第1項の割増賃金がかかります。
比較は分単位で行います。31日の総枠は正確には177時間8.6分なので、177時間ちょうどで切って比べると毎月9分近くずれます。1人あたり9分でも、対象者が20人いれば月3時間分の誤差です。
深夜割増は別に発生します。清算期間が1か月を超えると上限が2つになります
深夜割増は、総枠の計算とは切り離して発生します。労働基準法第37条第4項は、午後十時から午前五時までの間の労働について、二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払うことを定めています。始業と終業の時刻を本人が決められることと、深夜に働いたかどうかは別の話です。
ここからフレックス特有の状態が生まれます。清算期間の合計が総枠に収まっていて時間外労働が0時間でも、深夜割増だけが発生する月があります。本人が「今日は夜に集中したい」と考えて21時から24時まで働けば、22時から24時までの2時間が深夜割増の対象です。割増賃金そのものの計算手順は割増賃金の計算方法を4ステップで解説で扱っています。
つまり、フレックスでも22時から5時までに働いた時間は日ごとに拾う必要があります。総枠との比較だけを見ていると、この分がまるごと落ちます。
清算期間が1か月を超えるときの追加ルール
清算期間は1か月以内でも、1か月を超えて設定することもできます。1か月を超える場合、労働基準法第32条の3第2項により、清算期間全体の総枠に加えてもう1つの上限がかかります。清算期間を開始の日以後1か月ごとに区分した各期間について、各期間を平均して1週間当たりの労働時間が五十時間を超えない範囲内であること、という上限です。
数字にすると、区分した期間の上限は「その期間の暦日数 ÷ 7 × 50時間」です。31日の区分なら約221.4時間、30日の区分なら約214.3時間になります。例えば4月1日から6月30日までの3か月(91日)を清算期間にすると、全体の総枠は 91 ÷ 7 × 40 = 520.0時間で、これに加えて4月・5月・6月それぞれの区分に週平均50時間の上限がかかります。
この50時間の上限を超えた分は、その区分の期間の時間外労働として、その期間の給与で精算します。3か月分をまとめて最後の締め日に精算する運用にはなりません。
もう1つ、届出の扱いが変わります。労働基準法第32条の3第4項は、労使協定の届出について「ただし、清算期間が一箇月以内のものであるときは、この限りでない」と定めています。清算期間が1か月以内なら労使協定の届出は不要で、1か月を超えるときは行政官庁への届出が必要です。清算期間を1か月から3か月へ延ばすときに、この届出が抜けやすい箇所です。
よくある失敗と、その直し方
フレックスの集計ミスは、原因がほぼ決まっています。通常の勤務時間制の考え方を、そのまま持ち込んでしまうことです。実務で見かける順に並べます。
| よくあるミス | なぜ起きるか | 対策 |
|---|---|---|
| 1日8時間を超えた日を、その日ごとに時間外として集計する | 通常の勤務時間制の集計をそのまま使っている | 日単位の時間外判定を外す。清算期間の合計と総枠の差だけを見る |
| 総枠を「所定労働日数 × 8時間」で出す | 月間所定労働時間と総枠を同じものだと思っている | 総枠は「暦日数 ÷ 7 × 40時間」。労働日数と祝日の数は総枠を変えない |
| 深夜割増を払っていない | 「始業と終業を本人が決めたのだから追加の割増はない」と考えている | 22時から5時までの労働時間を日ごとに拾い、総枠の計算とは別に集計する(第37条第4項) |
| 不足時間を何か月も繰り越し続ける | 不足と超過の精算方法を労使協定に書いていない | 不足は賃金から控除するか翌期間へ上乗せするかを協定で決める。上乗せ後も翌期間の総枠を超えない範囲にとどめる |
| 超過した時間を翌月に繰り越す | 不足時間の繰越と同じ扱いができると思っている | 超過分は繰り越さない。その清算期間の時間外として、その期間の給与で精算する |
| 清算期間を1か月超に延ばしたのに労使協定を届け出ていない | 1か月以内のときに届出が不要だったので、そのまま延長した | 清算期間が1か月を超えるときは行政官庁へ届け出る(第32条の3第4項) |
6つのうち上の5つは集計ルールの取り違えで、最後の1つは手続きの見落としです。前者は計算の手順を一度直せば再発しません。
迷いどころ。結論から順に
コアタイムは置かなければいけないか
結論は、置かなくても制度は成立します。労働基準法第32条の3第1項が求めているのは、就業規則その他これに準ずるものにより始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねることと、過半数組合または労働者の過半数を代表する者との書面による協定を結ぶことです。コアタイムを置けという定めは、この条文にありません。
会議や引き継ぎのために置く場合は、その時間帯と、コアタイムに不在だったときの扱いを労使協定と就業規則の両方に書いておきます。コアタイムが長すぎて始業と終業の選択の幅がほとんど残らない設計にすると、そもそも「労働者の決定に委ねた」と言えるかが問題になります。
1日8時間を超えた日はどう扱うか
結論は、その日だけを見て時間外にはしません。清算期間の合計と総枠を比べて判定します。ただし、その日の労働が22時以降に及んだ場合は、22時から5時までの分に第37条第4項の深夜割増がかかります。時間外の判定と深夜割増の判定は、別々に走らせます。
総枠に足りなかった月(不足時間)はどうするか
結論は、不足分を賃金から控除するか、翌清算期間の総労働時間に上乗せするかのどちらかで、どちらにするかを労使協定で決めておきます。上乗せする場合は、上乗せ後の総労働時間が翌期間の総枠を超えない範囲にとどめます。超える分まで繰り越すと、翌期間で時間外が発生します。
逆に、超過した時間は繰り越せません。超過分はその清算期間の時間外労働として、その期間の給与で精算します。不足は繰り越せて超過は繰り越せない、という非対称をまず押さえます。
年次有給休暇を取った日は何時間として数えるか
結論は、労使協定で定めた「1日の標準労働時間」を働いたものとして数えます。年休を取った日は実際に働いた時間が0なので、この定めがないと総枠との比較ができません。半日単位や時間単位の年休を認めている場合は、その場合に何時間として数えるかも同じ協定に書いておきます。
完全週休2日制で総枠が窮屈になるとき
結論は、1日の標準労働時間の設定を下げるか、清算期間の長さを見直します。31日で平日が23日ある月に1日8時間で組むと 8 × 23 = 184時間となり、総枠の約177.1時間を約6.9時間超えます。所定どおり働いただけで時間外が出る設計です。
1日の標準労働時間を7時間30分にすると 7.5 × 23 = 172.5時間となり、総枠に収まります。もう1つの方法は清算期間を1か月より長くして月ごとの凸凹を吸収することですが、この場合は第32条の3第2項の週平均50時間という2つ目の上限と、第4項の届出が加わります。就業規則と労使協定の書きぶりまで含めた設計は、社労士に見てもらうのが早いです。
清算期間の途中で入社・退職した人はどうするか
結論は、在籍した期間の暦日数で総枠を計算し直します(ここでは清算期間を1か月とする運用を前提にします)。31日の月の16日に入社した人なら、在籍暦日数は16日なので 16 ÷ 7 × 40 = 約91.4時間が、その人のその月の総枠です。
中途入社・中途退職の総枠の出し方と、その月の賃金の払い方は、労使協定と就業規則に書いておきます。書いていないと入退社のたびに個別判断になり、判断した人が変わると金額の出し方も変わります。
フレックスで何を記録し、どこから先を専門家に任せるか
フレックスの給与計算に必要な記録は、次の5つです。どれか1つでも欠けると、締め日に総枠と比べられません。
- 日ごとの始業時刻と終業時刻(本人が決めた実際の時刻)
- 日ごとの休憩時間
- 22時から5時までの間に働いた時間
- 清算期間ごとの実労働時間の合計と、総枠との差
- 年次有給休暇・欠勤・休日労働の日と、その日を何時間として数えたか
このうち、仕組みで自動化できる範囲ははっきりしています。毎月同じ計算を繰り返すだけの部分です。
- 日々の打刻を集めて、清算期間で合計する
- その清算期間の暦日数から総枠を出す(28日なら160.0時間、30日なら約171.4時間、31日なら約177.1時間)
- 22時から5時までの分を切り出して、別枠で集計する
- 締め日に総枠との差を出し、超過なら時間外、不足なら控除か繰越の候補として並べる
一方、判断が要る部分は社労士の領域です。労使協定に何を書くか(対象者の範囲、清算期間、清算期間の総労働時間、1日の標準労働時間、コアタイムとフレキシブルタイムの定め方)、清算期間を1か月にするか長くするかの選択、完全週休2日制での総枠の設計、既存の給与規程や固定残業代との整合、そして清算期間が1か月を超える場合の届出の実務です。これらは会社ごとの働き方と既存の規程を読んだうえで決めるもので、計算式では出ません。相談先は社労士事務所を探すから探せます。
なお、業務の性質上、始業と終業を本人に委ねられない部署はフレックスに向きません。その場合は交替制やシフトで組むことになるので、シフト表の作成をラクにする方法を参照してください。
よくある質問
フレックスタイム制なら残業代を払わなくてよいのですか。
いいえ。清算期間の実労働時間の合計が総枠(暦日数 ÷ 7 × 40時間)を超えた分は時間外労働で、労働基準法第37条第1項の割増賃金の対象です。さらに、総枠に収まっていても、午後10時から午前5時までに働いた分には第37条第4項の深夜割増が発生します。フレックスで変わるのは時間外の数え方であって、払うかどうかではありません。
コアタイムを設けないフレックスは成立しますか。
成立します。労働基準法第32条の3第1項が求めているのは、就業規則その他これに準ずるものにより始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねることと、過半数組合または労働者の過半数を代表する者との書面による協定を結ぶことで、コアタイムの設置は要件に入っていません。コアタイムは会議の時間を確保したい場合などに置くもので、置くかどうかは労使で決めます。
清算期間を3か月にすると、3か月の合計だけ見ればよいのですか。
いいえ。清算期間が1か月を超えると上限が2つになります。清算期間全体の総枠に加えて、清算期間を開始の日以後1か月ごとに区分した各期間について、各期間を平均して1週間当たりの労働時間が五十時間を超えない範囲内であることが、労働基準法第32条の3第2項で定められています。31日の区分なら約221.4時間、30日の区分なら約214.3時間です。あわせて、清算期間が1か月を超えるときは労使協定を行政官庁へ届け出ることが第32条の3第4項で定められています(1か月以内であれば届出は不要です)。
総枠に足りなかった分を、翌月に持ち越してよいですか。
不足時間は、翌清算期間の総労働時間に上乗せする方法と、その期間の賃金から控除する方法があり、どちらにするかを労使協定で決めておきます。上乗せする場合は、上乗せ後の総労働時間が翌期間の総枠を超えない範囲にとどめます。逆に、超過した時間は繰り越せません。超過分はその清算期間の時間外労働として、その期間の給与で精算します。
フレックスでも36協定は要りますか。
時間外労働をさせるときに36協定が要る点は、通常の勤務時間制と変わりません。違うのは数え方で、フレックスでは1日8時間・週40時間を超えた分ではなく、清算期間の合計が総枠を超えた分を時間外として数えます。上限の管理方法は36協定と残業時間の集計。月45時間チェックを自動化するで扱っています。
遅刻や早退の控除はできますか。
フレックスでは始業と終業の時刻を本人が決めるため、始業が遅かったこと自体を理由とする控除という考え方をしません。賃金の精算は日単位ではなく、清算期間の実労働時間の合計と総枠の差で行います。コアタイムを設けている場合に、コアタイムに不在だった日をどう扱うかは、労使協定と就業規則で定めます。
- フレックスで時間外になるのは1日8時間を超えた分ではなく、清算期間の実労働時間の合計が総枠を超えた分(労働基準法第32条の3)。時間外かどうかは締め日まで確定しない
- 総枠は「清算期間の暦日数 ÷ 7 × 40時間」。28日で160.0時間、30日で約171.4時間、31日で約177.1時間。労働日数や祝日の数は総枠を変えない
- 午後10時から午前5時までの深夜割増は、総枠に収まっていても別に発生する(第37条第4項)。時間外0時間・深夜割増ありの月は普通に起こる
- 清算期間が1か月を超えるときは、総枠に加えて「1か月ごとに区分した各期間の週平均50時間」という2つ目の上限がかかり(第32条の3第2項)、労使協定の届出も必要(第4項)。1か月以内なら届出は不要
- 不足時間は翌期間へ上乗せするか賃金から控除するかを労使協定で決める。超過時間は繰り越さず、その清算期間の給与で精算する
- 毎月同じ集計(合計・総枠との差・深夜帯の切り出し)は仕組みで自動化し、労使協定の設計と規程の書きぶりは社労士に相談する分担が現実的
パシャ勤怠は、紙のタイムカードを撮るだけで日ごとの始業・終業・休憩をデータにし、清算期間の合計と深夜帯の時間を締め日にまとめて出します。協定の設計は社労士に、毎月の集計はシステムに、と分けるのが現実的です。自社の様式で確かめたい場合はお問い合わせください。